男女平等や女性の社会進出が進んでいる国として、スウェーデンは真っ先に名前が挙がることが多いです。共働き家庭を前提として社会システムが設計されており、日本にあるような配偶者控除制度などもありません。業界によっては働く人の性別に偏りがあったり、全体として女性の平均給与が低かったり(参考: スウェーデン統計中央庁のデータ)、育児休業取得日数や家事時間の面では女性の負担の方がまだまだ多かったり(参考: 統計中央庁のデータ、社会保険庁のデータ)などはあるものの、スウェーデンの男女平等は日本と比べてはるかに進んでいるといえるでしょう。
ビール業界ではどうなのか
では私が今働いているビール業界(特にマイクロブルワリー界隈)はどうかというと、スウェーデンの中では比較的男女平等が進んでおらず、女性が極端に少ない業界です(参考: SVTのニュース)。これはスウェーデンに限ったことではなく日本など他国でも同様だと思います。ビール醸造所での業務は力仕事が多くこれまで男性中心で運営されてきたことが最も大きな理由かと思いますが、ものすごくざっくり誤解を恐れずに言うとビールという飲み物自体が主に労働者階級の男性によって消費されてきたという歴史的・文化的側面にも少なからず影響されているのではないでしょうか。
そういうわけでスウェーデンの醸造所、特にマイクロブルワリーのブルワー(醸造職)は圧倒的に男性が多いです。たとえば私の通ったYHの醸造技術課程の学生の8割は男性でしたし、現在の職場の醸造所も私以外の従業員は全員男性です。
でもスウェーデンのいいところは、性別や年齢関係なく対等にコミュニケーションできることです。今の職場でも前の職場(いずれもビール業界の企業)でも、同僚から差別的な扱いを受けたことは今のところありませんし、製造チームの一員として男性の同僚と変わらないパフォーマンスを発揮してきたと自負しています。
一方で、外部の業者さんなど職場への訪問者からちょっと違うように扱われるというのは残念ながら少し経験ありますかね。もちろんここはスウェーデンなので大多数の人はそのようなことはしませんが、見た目で判断され決めつけられることってやっぱりたまーにあるんですよね。頻繁ではないですけど。たとえばフォークリフトが運転できないと思われたりとか、私が専門で対応できることなのだけど他の同僚に話しかけたりとか。
今の職場に女性は私だけなので当初はこれが普通なのかよくわからなくてもやもやしてたんですが、しばらく働いて各方面から情報を得たりしていると、似たようなことやもっと大変なことを、実はブルワーとして働く女性はけっこう経験していることがわかってきました。記憶に新しいところでは、アメリカでブルワーとして働くBrienneさん(インスタ@ratmagnet)が、2021年に女性ブルワーやその他の女性業界人たちが受けたセクハラや偏見などの差別的扱いの体験談をまとめて発信し、ビール業界における#MeToo運動として大きな話題になりました。
Judgment Day — Outpouring of Beer Industry Sexual Abuse Allegations on Instagram Sparks Questions of Guilt, Innocence, and Legal Vulnerability (Good Beer Hunting, 2021-05-18)
そのほか、飲食店やビールフェスティバルなどの場で客として差別的扱いを受けたという話も聞きます。たとえば女性客だからというだけで苦味が少なかったりフルーツが入っていたりするいわゆる「飲みやすい」ビールが好きだと決めつけて勧めたり、そのようなビールを「女の子のビール」などと呼んだりすることは偏見に基づく差別にあたりますが、そのような体験談はスウェーデン語のインターネットのフォーラムでさえいまだに一定の頻度で目にします。また、日本語の記事などを読んでいるとビールの説明で「女性向け」などの表現が散見され、それが差別的であるという感覚がそもそも希薄なのかなという印象を受けます。嗜好の違いは性差ではなく個人差なので、このような接客対応や表現はジェンダーバイアスによるものであり不適切です。
女性の地位向上に向けた取り組みの例
こうしたことから、女性やノンバイナリーのビール愛好家、業界団体、女性ブルワーのネットワークなどが、ビール業界での女性の地位向上を目指してさまざまな活動をしています。
そのような取り組みのひとつの例が"Pink Boots Collaboration Brew Day®" とよばれる世界同時開催のイベントです。毎年3月8日の国際女性デーに、世界各地の醸造所に近隣で働く女性ブルワーや業界人が集まり、それぞれの場所で"Pink Boots Blend"というホップブレンドを使ったビールを醸造するというもの。ホップブレンドの売り上げの一部は、醸造や発酵を学ぶ女性やノンバイナリー向けの奨学金となります。このピンクブーツイベント、スウェーデンでも今年たぶん少なくとも2ヶ所で開催されました。あまりソーシャルな方でもなくひっそり働いてきた私ですが、ついにお誘いいただいたので初めて参加してきました。狭い業界です。
ここの醸造所では、最低限の腰への負担で麦芽袋を粉砕機に投入できるセッティングをしており参考になりました。確かに女性は男性に比べると身体能力は劣ることが多いですが、力仕事の負担は性別にかかわらず大きいもの。いかに体の負担少なくこのような重いものを扱うか、男性が女性がという観点というよりは、みんなの労働環境を改善するという観点で取り組んでいきたいものです。そんな地道な改善も、長い目で見ればインクルーシブな職場や男女平等へとつながっていくのではないかと思っています。
ちなみにこのときに仕込んだビールは5月に国営酒屋でも発売されます。