Anders Tegnell: Ländernas öppnande ett gigantiskt experiment - DN.SE
なおテグネル氏は、同時期に公共放送Sveriges Radioの名物番組Sommar P1にも出演して1時間弱にわたり語っており、こちらも話題になりました。ざっと聞いた限り、DNのインタビュー内容に過去の海外での感染対策経験や生い立ち・プライベートの話を足したものがSommar P1の内容、という感じでしょうか。個人的にはテグネル氏が自宅の庭でホップを育てていることがわかって少し親近感を覚えました。
Anders Tegnell 24 juni kl 13.00 - Sommar & Vinter i P1 | Sveriges radio
ファクトチェックがいい加減な一部メディアや自称ジャーナリストの記事などにより「集団免疫作戦」や「ノーガード戦法」などという実態とかけ離れた根拠のない誤解が広がっているスウェーデンの新型コロナウイルス感染対策ですが(これに関しては一つ前の記事「スウェーデンは集団免疫を目指しているわけではない件」で書きました)、このインタビューとラジオはスウェーデンの感染対策とその背景を知るにはとてもよい材料だと思います。
個人的に興味深かったのは、保育園や小中学校を休校にしなかった理由と、感染対策における公衆衛生庁のコミュニケーションの話です。これらについて、語られている内容を簡単にまとめてみました。以下、別にことわりがない場合は基本的に上の2記事からの情報です。
学校を休校にしなかった理由
テグネル氏は大きく以下の2つのポイントをその背景として挙げています。
- 公衆衛生庁がその名の通り公衆衛生全般をつかさどる機関であること
- 政府が公衆衛生庁の判断を尊重していること
1点目についてはとても重要なポイントだと思います。公衆衛生庁の任務は感染対策だけではありません。その名の通りもっと広い意味での公衆衛生、すなわち市民の心身の健康全般を守ることが同庁の役目です。そのためスウェーデンの新型コロナ感染対策は、同庁の過去の調査から得られたエビデンスを踏まえながら、疫学的観点はもちろん、それ以外の幅広い公衆衛生の観点から検討されたものになっているとのこと。より具体的には、もし休校などの社会封鎖を行えば、子供や親の社会活動が著しく制限され、体や心の健康の問題や家庭内暴力が増えるリスクがあるし、また休校の影響で子供が義務教育を十分に受けられず学校の最終成績が得られなければ、将来の進路も制限されてしまうリスクもあります。そのため公衆衛生庁は、慎重を期するという理由だけで学校を休校にするのは適切ではないとしています。テグネル氏はDNに「感染対策だけを考えれば社会封鎖するのがより簡単。しかし市民の健康への全般的な影響というより幅広い視点で考えれば、決定ははるかに難しくなる」と語っています。(なお、公衆衛生庁の職業別Covid-19感染リスク調査では、スウェーデンでは保育園や学校を休校にしなかったにもかかわらず、保育園教師や小中学校教師などの学校関係者の相対的なCovid-19感染リスクは他の職業グループと比べて高くなかった、という結果が出ました。)
2点目についても、スウェーデンの政府と公衆衛生庁のような独立した専門機関との関係をよく表していると思います。以下の「他国の疫学関係機関とのコミュニケーション」の項でも述べていますが、感染拡大防止への効果が薄いとされているにもかかわらず休校決定を下した国が多かったのは、政治的理由を優先したためであることが示唆されています。その点スウェーデンでは、政府の決定において公衆衛生庁の科学的根拠に基づく判断がより重視されたとのことです。テグネル氏の上司にあたるヨハン・カールソン公衆衛生庁長官も、DNの2020.6.10付インタビュー記事で「社会封鎖に関してもちろん議論はしたが、当庁としてはそのような提案にまで全く至らなかったし、その方向性でいくよう政治家から圧力を受けたこともなかった」「もし欧州に第二波が来たら再び休校にする国はあまりないのではないか」と述べています。一方で、DNの2020.6.5付記事によれば、3月半ばに休校措置を導入したデンマークでは、同国保健当局のSøren Brostrøm長官が社会封鎖に否定的だったにもかかわらず政府により休校措置が決定されたということで、不透明な決定経緯について首相への批判が起こったそうです。
一般・メディア向けのコミュニケーション
いわゆるリスクコミュニケーションや科学コミュニケーションの範疇になると思いますが、これについてはDN文化面の別の記事"Har Folkhälsomyndighetens kommunikation förvärrat krisen?(2020.6.8付)"で、公衆衛生庁の一連のコミュニケーションについて批判から好意的意見までさまざまな観点から分析がなされていて興味深いです。文化面の記事では、コミュニケーションの際に誤解が生じやすい例の一つとして、行政機関の専門用語を一般向け発信の際にも用いることが挙げられています。例えば今回の新型コロナウイルスに関する発信で頻繁に使われたrekommendationという言葉。日常生活で使われる際には「おすすめ(の本)」などといった軽い意味合いで、選択の自由がある(読みたくなければ読まなければいい)という印象を与えますが、行政機関の中では「強固な科学的根拠などに基づく、専門家による強めの要請(勧告)」を意味し、命令にかなり近いニュアンスを持ちます。この違いが一般に理解されづらかったため、十分に強いメッセージにならなかったのではないか、という指摘がなされています。
一方、DNインタビューの中でテグネル氏は、このような行政用語を使った発信が十分に明確で強い効果があったかどうかについてはこれまでも頻繁に議論の的になってきたが、公衆衛生庁の要請(勧告)に80〜90%の人々が従ったなどの調査結果(例:MSBの調査)が出ており、十分に効果があったとの見解を述べています。
また、6月初めまで毎日行われており夏の間も週2回行われている記者会見も、公衆衛生庁の一般向け情報発信に大きく貢献した重要な取り組みだとしています。「記者会見を毎日やる」というのは政府の依頼によるものだったそうで、やる側としては大変だったけれども政府の判断は賢明だったと評価しています。ちなみに、全ての記者会見は質疑応答も含めてYoutubeで字幕・手話通訳付きでライブ配信され、海外ジャーナリストの英語でのオンライン質疑応答も可能で、インターネット環境さえあれば一般人でも誰でもアクセスできるようになっており、透明性を重視している姿勢が伝わってきます。
国内の行政機関間のコミュニケーション
スウェーデンの感染対策において現時点で大きな失敗と捉えられているのは、高齢者施設での感染を拡大させて多数の死者を出してしまったことです。これについてはテグネル氏もこのパンデミックの中で最悪の出来事であると認めており、以前から指摘されてきた人員不足や現場職員の医療知識不足など、高齢者福祉における構造的な問題が原因であるとしています。
公衆衛生庁としても以前から問題を指摘しており、新型コロナウイルスに関して高齢者がリスクグループであることも示していたものの、高齢者福祉サービスはコミューン(日本でいう市町村にあたる行政単位)の管轄のため、国の機関である公衆衛生庁がスウェーデン各自治体の高齢者福祉の現場と直接コミュニケーションをとることなどは難しかったと述べています。この高齢者福祉における問題についてはカールソン長官がDNの2020.6.10付インタビュー記事でより詳しく語っています。
また、高齢者福祉現場だけでなく医療現場でもマスクや防護服などの感染防護具が不足した問題について、少なくとも防護具の在庫を感染対策用に常に確保しておくことが望ましいとしつつ、それを国がやるのか医療サービスを管轄するレギオーン(region, 日本でいう県にあたる行政単位)がやるのかについて合意形成が難しいとも語っています。
他国の疫学関係機関とのコミュニケーション
ただ、各国がロックダウンのような社会封鎖政策をとったことについては疑問を呈しています。Sommar P1では「全ての国が突然これまでの計画を捨て、時には政治的決定を経て社会封鎖に走り、世界が狂ってしまった」という旨の戸惑いを表明しています。DNにこの発言について質問されたテグネル氏は、インフルエンザとの比較は慎重になされるべきとしながらも、この種のパンデミックでは国境封鎖のような強硬な措置は意味がないのでとるべきではない、というのが新型コロナ以前からの専門家間の一致した見解だったと述べています。それにもかかわらず各国が軒並み封鎖措置をとった理由について、詳しくは語られていないものの、科学的エビデンスよりも政治的事情が優先されたことが示唆されています。DNの2020.3.14付記事にあるように、テグネル氏が3月半ばの会見でデンマークとノルウェーの国境封鎖について「意味がないと思う。明確な根拠が見当たらず、明らかに政治的な決定だ」という旨のコメントをした際、当のデンマーク保健当局のSøren Brostrøm長官が、自国政府の方針を「科学的根拠はない。政治的決定だ」と述べ、テグネル氏に賛同しているのも興味深いです。
また北欧諸国に関しては、最近特にフィンランドの担当者とよくコミュニケーションをとっていると語っています。フィンランドのように休校した場合とスウェーデンのように休校しなかった場合で子供の健康状態にどのような違いが出るのか、今後比較できるようにするためとのことです。どのような調査結果が出てくるのか、とても興味深いですね。