スウェーデンに関する日本語の情報・報道はいい加減なものも多いです。もちろん信頼できる情報を発信している人もおられますが、ステレオタイプやファクトが不正確な情報、狭い世界でのことをあたかも一般的であるかのように誤解させるような情報、個人的見解とファクトの区別がついていない情報なども残念ながら流布しています。
あと問題だなと思うのは、スウェーデンに関する日本語の報道が、英文メディアの報道をもとにしている場合がけっこうあることです。英文メディアを含む国外メディアがスウェーデンのことを記事にするときは、どうしても物珍しい点が強調されてしまって偏りのある記事になってしまいがちです。スウェーデン語の一次情報に基づいた記事や、スウェーデン当局の担当者(大抵の場合英語対応も可能)に直接取材をした日本語の記事はコロナに限らずかねてより非常に稀です。
今回突っ込みを入れる以下の記事も英文の記事がもとになっているようで、厳格なロックダウン政策を導入した他国とスウェーデンとの差を見せようとしすぎるあまり、根拠不明な誤情報や無理な比較が入ってしまっています。
「集団免疫」作戦のスウェーデンに異変、死亡率がアメリカや中国の2倍超に
(ニューズウィーク日本版)
Hallengren: Sweden Not Pursuing Herd Immunity(Bloombergの2020.4.29付英語記事・インタビュー音声)
Nej, Sveriges strategi är inte flockimmunitet(フィンランド公共放送Yleの2020.4.4付スウェーデン語ニュース音声・動画・記事)
上のリンク先でもHallengren社会相やTegnell公衆衛生庁主任疫学官が説明しており、またスウェーデン政府の英語ページでも述べられていますが、スウェーデンはあくまで医療キャパシティを超えないために感染の急増を抑えること(plana/platta ut kurvan)を当初から一貫して最大の目標としています。その目標達成のための各種規制・自粛要請を行う中で、結果として集団免疫が獲得されるかもしれないと考えられているだけです。
現在スウェーデンでは感染を広げないためのさまざまな規制・自粛要請が政府や公衆衛生庁(Folkhälsomyndigheten)から発せられており、市民生活や経済活動は決して普段どおりではありません。少なくともストックホルム郊外の私の近所、私の学生生活(全て遠隔講義に)、パートナーの仕事(基本テレワークに)、ビール業界(多くのマイクロブルワリーが存続の危機に直面)では大きな変化が見られます。保育園や小中学校を閉鎖していない点以外は、実態は日本の自粛要請に近いんじゃないでしょうか。なお、具体的な規制・要請内容は公衆衛生庁のウェブサイトや社会防衛・危機管理庁(MSB)が運営する危機管理情報サイトで見ることができます。
次に、見出し後半のように現時点での致死率や死者数を単純に比較すること自体の意義がそもそもあまりありません。死者数は各国で数え方が違うし、国ごとに異なる感染拡大フェーズにあるためです。スウェーデンの致死率が高いのは、スウェーデンはマイナンバーを使って死者数を最も正確にカウントしている国の一つであり、高齢者施設など病院以外での死者数も含めているからという理由もあります。一方で、病院での死者数しかカウントできてない国や州ごとのカウントにバラツキのある国もあるし、中国などそもそも出してくるデータ自体が信用できない国もあります。現時点でこれらを比較するのには無理があります。(もちろん、終息後に各国の統計が出揃ってからの比較には意味があり、必要だと思います。)
以下は、死者数の比較が難しいことについて詳しく書いてある、日本語の記事です。
【解説】 各国の感染・死者数、比較が難しいのはなぜ? 新型ウイルス(BBC日本版の記事)
スウェーデン語ではこのような記事がありました。
Flera länder missar corona-dödsfall på äldreboenden(公共放送Sveriges radioの記事)
Tegnell: Därför har Sverige högre dödstal(公共放送SVTの記事)
もし現時点でより正確な死者数を推測するとしたら、以下のNYTの記事にあるような、今年と過去数年の同時期の各国の死者数を比較する方法が、完全に正確というわけではないにせよ最も適切かもしれません。(2020.6.12追記:日本語では「超過死亡」というらしいです。)
60,000 Missing Deaths: Tracking the True Toll of the Coronavirus Outbreak(New York Timesの記事)
さらに、記事文中に出てくる「カロリンスカ研究所のセシリア・セーデルベリ・ナウクレル教授」も署名したという公開書簡を探して読みましたが、ほとんど内容がないし署名者には分野外の研究者もたくさんいて正直うーん…というものでした。専門や所属を詳しく書かないのは反則ですねー。リンクはしませんが、内容や誰が署名してるのかが知りたい人は"Sveriges regering måste agera nu för att stärka kampen mot Covid-19"で検索してみてください。
以上、スウェーデンの感染対策について、せめて正確な情報に基づいて議論してほしいという思いでこの記事を書きました。
最後に、重要なことなのでもう一度強調しますが、スウェーデンは集団免疫の獲得を感染対策の目標としていません。そして、この方針は当初から一貫しています。一部のいい加減なウェブ記事・報道などを通じて「スウェーデンは集団免疫を目指している」「ノーガード戦法をとっている」というような情報が流布していますが、上に書いたように当初から今に至るまでそもそもそんな戦略はとっていないので、それらの情報は不正確です。日本の友人から「スウェーデンは普段どおりなんでしょ?」と言われることもあり、そのたびに「そんなことないよ!いろいろ自粛してるよ!」と説明してます。このことを私なんかではなくもっと発信力のある方が取り上げて、もっと広まればいいのになーと思っています。
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以下、2020.6.12追記
この記事の内容は、2020年5月初めの時点での情報に基づいています。記事執筆から1ヶ月が経ち、公衆衛生庁の全体的な方向性に変化はないものの、細かい点では国内での移動自粛勧告が段階的に緩和されたり、ウイルス検査が広く行われ始めたりしています。最新の情報はスウェーデン公衆衛生庁(Folkhälsomyndigheten)のページなどで確認してください。
なお、今週に入って新規感染者が増えていることがスウェーデンでも話題にはなっていますが、これは上述のように検査件数が急激に増えたためであり、重症化して集中治療室に収容される患者数自体は、地域差はあるもののスウェーデン全体としては4月半ば以降継続して減少していると公衆衛生庁は説明しています(参考:Dagens Nyheterの記事)。ストックホルム県は、患者数増加に備えてStockholmsmässanという展示会会場を最大600人の患者を受け入れ可能な野戦病院として整備していましたが、この施設は一度も使われることなく6月初めに運用終了が発表されました(参考:Dagens Nyheterの記事)。